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MGを始めて9年②


髪を切ろうかと床屋さんへ出かけたら休みでした。
 
自粛で家にいると、キャッチする情報が極端に減ったりしますね。
。。。しますよね。
事前にネットで調べろよというのはなしでお願いしますorz
 
というわけで、最近はWebで秘密の研修に参加してみたり、Facebookを見ていても多くの個人発信のWeb動画が流れていたりと、時代の変化をすごく感じます。
世の中では望む望まないを別にしてテレワークが推進されていますが、コロナ前にもそのような動きがありました。
数十年前から情報化社会になり、物事の変化のスピードは相対的に上がりましたが、今回は望む望まないを別にして在り方の変化を求められているような感覚です。
 
今まで長い年月をかけて構築してきた社会の在り方が問われている、そんな気がしています。
この自分の意志ではどうしようもない強制的な変化に対応する・しないの意思決定権は各自にあります。
 
これから行わなければならない意思決定には、正解はないでしょう。
意思決定を重ねていって、正解に近づけていく手探りな方法になることが多い状況と思われます。
 
今まで意思決定をしてきたか否か、意思決定をする訓練をしてきたか否かが、行動に表れてくるのかなと感じています。

MGは意思決定の連続と言われています。

ゲームを進めるためのカードも「意思決定カード」と名付けられているくらいです。

 

わたしがMGで好きな点を挙げるとすると、その中に必ず入るのはMGを開始する前に解説をする1つ「紙は自分で」という考え方です。

MGを学び始めた頃、この6つの視点をインストラクターから何回も聞いていました。

 

MGは同じ話を毎回毎回、何度も何度も行います。

流暢に各項目について解説をしてくれているのですが、当時のわたしは「そりゃそうだよね」程度にしか受け止めていなかったと記憶しています。

 

理屈では誰もがわかっている。

頭の中では「この話は正しい」と思考をする

わたしもそんな風に考えていました。

 

面白いことにMG研修のゲームを行う段階に入ると、そんな思考はどこへ行った?の如く、いつもの素の自分が幅を利かせ始めます。

 

「わからなかったらすぐに手を上げる」なんて言葉も聞こえていましたが、実行していなかったり。

 

美しくなんていう概念は自分が基準だとばかりに振舞ったりしましたね。

 

もうやりたい放題なイメージですが、実際の行動なんてそんな感じでした。

ちょっと前に「思考は現実になる」というブログを書きましたが、理想の状態さえもイメージできていなかったんじゃないかと思います。

 

MGを始めた頃はインストラクターになることが目的であり、数字に関する知識や教える内容にばかり目がいっていました。

そんな心構えでセミナーに参加しているので、前述した自分の興味ごと以外の話は基本的にスルー、というか頭に残っていなかったような気がします。

 

その事実は今になって振り返ることができますが、当時のわたしは全くわからないまま。

昔のままのわたしだったら「早く言ってよ!」と思うこともあったかもしれませんが、この事実を引き起こしたのは紛れもなく自分自身です。

 

MGでいう「紙は自分で」という教えの中には、自責を重視するということも含まれていると思っています。

ついつい自分以外へ責任や追及を行いたいと感じてしまう時でも、まずは自分の行いを正すことで解決を行えれば一番の近道です。

 

というか、今ではその事に気づけて本当にラッキーだったと思っています。

MGで学べることというのはビジネス全般もそうですが、人としての生き方にまで及ぶことがあります。

そんな膨大な学びを数回の研修で身につけられるかというと、わたしでは絶対に無理でした。

 

なので、わたしはMGを生涯学習として、学び続けたいと感じています。

長くなってしまったので、続きはまた次へ。