大変な時がやってきたとき、声をあげられているか。
ふらっと旅路に出ています。
最近はコロナ前のように、あちこちで仕事をするようになりました。
gotoトラベルの誘惑に負けていると言っその通りですが、場所を選ばずに仕事ができるので活用しています。
あちこちからお声掛け頂くことも増えましたし、顔を出してみたかった企業にも行けます。
本家旅芸人から旅芸人認定を受けていた頃に戻っているような感覚ですね。
そろそろ旅芸人と名乗り直してもいいような気がしてきました。
そんな旅路の途中では、たまにちょっと困ることが発生することってあります。
何かを忘れてきたり、旅先でスマホをなくしてしまったり。
そんな時、昔のわたしは何も言えなくて、結局は困ったままなんとかしようとしていた感覚があります。
どんなことを考えていたかというと、誰にも迷惑をかけたくないと思っていたんですよね。
困っているから助けて、と声をかけたら、相手が迷惑なんじゃないか、って。
それに輪をかけて、知らない人に声をかけることにものすごく抵抗がありました。
今でもその感覚はあるのですが、年の功なのか面の皮が厚くなったのか、なんとか助けを求められるレベルにはなった気がします。
そうすると、申し訳ないくらいに親身になって助けてくれる人がとても多いんです。
何か恐縮してしまうくらい、そこまでしてもらったら悪いと感じるまでやってくれたり。
自分事のように動いてもらった日には、やっぱり迷惑なんじゃないかとか頭をよぎりますが、たぶんそうではないのでしょうね。
思えば、わたしも助けを求められり、困りごとを聞いたりした時は、無意識に解決方法を考えて伝えたりしてる気がします。
人によっては聞いて欲しいだけの場合もあるので、解決方法で返されると詰められたと感じる時があるみたいですけれども(笑)。
それでも、助けを求められて迷惑とは思ったことはないということに気付いた感じ。
そういえば、とある有名人が言っていた言葉を思い出しました。
助けを求めた時に誰も応えてくれなかったら、今までの自分の生き方を見直した方がいい。
短い文章の中に色んなことが詰まっていて、どこかハッとするものがありました。
いい機会なので、自分の生き方を見つめ直そうかと思います。